遅くなりましたが、前回の続きです。
25歳を過ぎたある日のこと、ふと、青春の18切符を片手になんとなく旅がしたくなったので、とりあえず東北方面に行こうと思いを巡らせた。東北の初夏、青々とした樹々、透き通る川の水、そんなことを考えていると、中学生以来、握っていなかったフライロッドがまた振りたくなった。2ピースでは持ち運びが大変なので、思い切って渋谷のサンスイでufmウエダのスーパーパルサーのパックロッドを買って、なんとなく岩手に行くことにした。中学生時代、一匹も釣れなかった僕でも、久慈川や安家川だったら、イワナやヤマメを爆釣するんじゃないかとドキドキして列車に乗り込んだ。乗り継ぎながら、盛岡から岩泉まで行って、あとは地図を片手にバスに乗って、適当なところで降りて、安家川に辿り着いた。いきなり釣れたらどうしようとドキドキしながらフライを投げてはみるものの、やはり初心者の僕に、そんな簡単に釣られる魚はいなかった。大体、川のどこにどう投げていいのかさえもわからなかったので、適当な場所を見つけてはひフライロッドを振ってはみたが、魚の反応はまったくなかった。あるとき誰かに見られているような気配を感じたので思わず振り返ると、そこには真っ黒に日焼けした坊主頭の少年が立っていた。僕と目が合うと気まずと思ったのか、逃げるように帰ろうとしたので、「この辺で、魚の釣れるところある?」と声をかけてみた。初めはモジモジしていた少年だったが、初めて見るフライフィッシングが気になるのか、餌は何を使ってるんだ?とでも言わんばかりに僕の手元を覗き込んできたので、ティペットの先に結んだエルクヘアカディスを見せて、「これで魚、釣れるかな?」と、再び聞いてみた。すると、黙って物珍しそうにフライを見ていた少年が、初めて口を開いてこう言った。
「ドバミミズでねぇと、ダミだぁ~」
「それはそうだと思うんだけど、実は僕はフライフィッシングという釣りがやりたくて、今回は岩手に来たのね、だからこの毛針を使って・・・。」とこちらの状況を頑張って話していると、彼は急にその場から走り去ってしまった。やっぱり恥ずかしかったのかな?と思っていたら、しばらくすると、ニコニコしながら現れた。その時、彼が手に持っていたのは大きなドバミミズだった。「へぇ~ドバミミズって、その辺にいるんだね!」と感心していると、彼はそのドバミミズをエルクヘーカディスにつけろと言わんばかりに差し出して来た。どうしようかと躊躇していると、少年は自らその大きなドバミミズをカディスにつけてくれた。「ええっ、そんなのあり?」と、唖然としている僕を、今度は「ついて来い!」とばかりにポイントに案内してくれた。そこは、彼がいつも釣っているシークレットポイントらしく、絶対に岩魚が釣れるということだった。典型的な餌釣りポイントだったので、静かにポイントの真上からエルクヘア・ドバミミズ・カディスを落とした。いや、正しくはエルクヘア・カディス・ドバミミズだったかも知れない(笑)。しかし、まったく反応はなかった。彼は責任を感じたのか「今度はこっち!」と、また別の場所に連れて行ってくれた。彼のおすすめのポイントに落とすたびに、今度こそ釣れるかも!と期待してはみたが、エルクヘア・ドバミミズ・カディスに反応はなかった。落ち着いて冷静に考えると、そんな仕掛けでは釣れるはずがなかった。しかし、少年は諦めず、熱心にポイントに連れて行ってくれたが、やはり、まったく釣れなかった。なんかこっちも中途半端に乗っかってしまったエルクヘア・ドバミミズ・カディス釣りに責任を感じだした、その時、ある橋の上から、少年が川を指差すので、なんとなく覗き込んでみたら、そこには、なんと魚がウジャウジャいた。これは、なんとしてでも釣りたかったので、思わず、エルクヘアもボディもすべて剥ぎ取って針だけにして、そこにドバミミズをつけて、橋の上からそっとラインを垂らした、目印はなかったが、ドバミミズが着水した瞬間、魚が一斉に食いついたので適当に合わせたら、釣れてしまった。20センチほどの岩魚だった。もはや、それはフライフィッシングではなかったが、二人とも飛び跳ねて喜んだ。見知らぬ土地で、見知らぬ少年と偶然に出会って、心が一つになった至福の瞬間だった。
少年の顔は思い出せないが、この言葉だけは、今でもはっきりと覚えている。
「ドバミミズでねぇと、ダミだぁ~」